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野外活動 キツネ新聞
2013年02月01日
photo_20130202044530.jpg

 裏の雑木林の小道を走ってる最中に昨日までの雨で出来た粘土だまりを見つけた。この小道はなかなか交通量が多いようだ。左上から時計回りにイヌ、アライグマ、キツネの足跡ふたつ、見ているとなんとなくストーリーがあるような気がしてくる。もっと止まって眺めていたかったけど気温がマイナスの日のジョギングなので、立ち止まってられないのである。マグロのように走り続けなくてはならない。

  今日も例のキツネが家の周りをうろちょろしているのを見た。一体何してるんだろうか?この動物は写真に撮ろうとしてカメラを持ってくるともう消えている。そしていっぺん見失うと探しても絶対出てこない、コンタクトレンズのような存在である

IMGP3979.jpg
ナゲキバト Zenaida macroura

 今日ふと思いついて「うわっ」と思った事実・・・
 これから大体毎年一回自分の親に会えたと想定すると、元気な親に会えるのは多分あと15回あるかないかだという事にガーンときた。自分は若くてまだまだ無限の時間の中に生きているような気がして、好きなことやったり、生まれ育った土地を離れてものほほんとしたりしていられるが、だんだん老いてきた親ってこういう子供の事をどう見ているんだろうか。やはり寂しく感じたりするのだろうか。それとも興味や向上心のままにどこまでも行く我が子についてほほえましく思っているんだろうか。自分でも気付かないうちに人生のカウントダウンが始まっているようだ。日暮れ時に山を歩いてていきなり数歩先が崖になってるのを見つけた時のような気分になった。父親は今日、年金を受給できる齢になり、晴れて「高齢者」の仲間入りをした。
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娘が一人おります
東京で好き勝手に暮らしております
親の立場として 勝手なことを言うならば
子供がそんな風に思う年になったんだなぁ ってことですね (^_^;)
個人的には どこであろうと どんな形であろうと
好きなようにしてほしいと思いますが
もし 私が 人様の力が必要になったり
もっともっと年を重ねて すべてが不安になった時には 変わるのかなぁ
ただ 思い出したときには 機会を作って会いに行ってあげて下さい
会うとね 嬉しいものだよぉ

2013.02.04 14:26 | URL | ちび鳩 | 編集

こんばんは。
うちの妹も、遠く離れて暮らしています。
両親は最初、ものすごく怒り、反対しました。
それは、別に結婚するからでも、仕事でも、学業でもないのに、ただ、行きたいのだとしか「両親には」伝わらなかったから。
私は、親が納得する理由など必要ない。行きたいといってるのだから別にいいじゃないかと。不完全燃焼の人生の責任など、例え親でも取れやしないよ。と親に言ったのを思い出しました。私は残る側だったから、故郷を離れた人の気持ちや苦労は真の意味では分からないと思いますので、今日のわしさんの日記、久々に妹のこと思い出しました。
遠藤周作の、「心の砂時計」だったかな、あれを読んだとき、死に場所は生まれた場所を選ぶ、っていう話があって、万人に当てはまることではないけど、年とるとひょっとしたらそういう気持ちになるのかなとか、色々妹の心境を推測してみたのですが、いまいち分かりません。わしさんはどんなでしょうか?
え?私?出て行きたい時期もありましたが、結局機会を逃し、今の場所に落ち着いてしまい、こぢんまりと収束しようとしています。多分、もともと出て行かない気質の人だったのだろうなあとしみじみ思います(笑)
2013.02.05 01:15 | URL | ぢゃっく | 編集


>> ちび鳩さん

 こんな不肖の子でもやっぱり会ったらうれしいのかな。でも、ちび鳩さんにそう言われると絶対そんなような気がして、今年はいっぺんは日本に帰ろうと気合を新たにしました!ちび鳩さん、ありがとう

 年をとって弱っちゃったら、どういう気持ちになるのか・・・。

 自分の友達であり、よき先輩だった女性がいて、とても社交的でおしゃべり命!という感じだったのですが、旦那さんが治らない病気にかかってからは一切世間との関わりを絶って、引きこもり、旦那さんとだけ関わって暮らしていました。それまでの本人を知っていたら本当に信じられないような大変化でした。自分や家族の「終わり」を認識する事って、人間にそれだけの変化をもたらすんだなあと、大きな驚きでした。だから自分や自分の親がどうなってしまうか、「その時」が来るまでわからないのかも知れません。


>> ぢゃっくさん

 木々や動物なんかを見てると、ある場所ですんなり生まれ出て・生きて・なんか食べて・子を生み育て、老いて死んで、すんなりそこの土に帰るっていうのをナンてことなしにやっていて、これが「自然」だな~て思った事があります。自分にはその自然に逆らっていくだけの「動機」があるのか、その動機をエンジンにして、日々にモチベーションをもって取り組んでいるか?って、外国に出てから何度も考えました。答えは、恥ずかしいんですけど、「案外そうでもない」でした(笑)。なので、自分は最後は日本に帰りたいと思っています。育ったのは東京ですが、いわゆる親戚一同がいるような「郷里」は、山口県なんで、最終的にはそこで養老院たてたり、墓でも掃除しながら生きていきたいですね。だから遠藤周作の考えには賛成です。

 ぢゃッくさん所はいま、こぢんまりどころかどんどん拡大中だと思っていたので(勉強したり子供をどんどん育てたり)意外でした。自分は同じ場所に居座るというのは、別の場所へ旅するのと同じくらい重要だと思っています。木とかもやっぱり、雨の日も風の日も同じ場所に根を下ろしてるからそのうち大木になると思うんですよね。人間もある意味そうだと思うので、おたがいがんばっていきましょう。
2013.02.05 03:08 | URL | 「わし」 | 編集

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