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日々雑事 うつろうふるさと
2013年05月27日
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 誰にきいてもおもしろい答えが聞ける問題のひとつに「あなたの人生で最初の記憶」っていうのがあると思う。人には多かれ少なかれなんとな~く個性の形成されるまでを過ごした原風景の記憶があるはずであり、それに対して多分みんな、何らかの思い入れを持っている。今日はそのことについて考えていました。

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 上の写真に写っている何の変哲もオフィス街の裏みちは「わし」の原風景といえる場所のひとつで、東京都文京区本郷のオフィス街の路地です。「わし」は右手に見えてる白いビルの一室で5歳まで育ちました。左手に見えるのは、「藤沢モーターサイクル」というお店の玄関です。ふたつ前の記事に出てくる「幼稚園くらいまで毎日遊んでくれた向かいの自転車や」はここで、これは2年前自分が最後にその店を見たときの写真です。

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 このへんは昔から医療器具の問屋街として知られていました。自分が生まれた80年代初頭頃、ここには毎日背広や作業服を着たおじさん達がいつもライトバンにのってやってきては、大きな箱やハツカネズミの入った網カゴを道にどんどんと積み上げていました。だから、このライトバンの開け閉めする音、おじさん達が動くたび午後の光の中で輝く埃、遠くから轟く地下鉄の音の思い出は、自分にとって大変深いものです。

 そのころ、乱立しているオフィスビルの間にぽつんぽつんと点在する地域のお店は、戦後からある様な古い個人商店が多かったです。かつて東京への巨大な入り口だった上野駅から歩いて30分くらいのこの場所は、住人や商売をする人々でとても賑やかだったらしい。この自転車やのおじさんもやはり戦争の後にここへやって来て、この場所で小さな「なおし屋」をはじめ、それから時代が変わるにつれてだんだんとバイクの整備屋になっていったらしい。

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 お店の中は空だった。あのピンクの粉石けんはどこにも見当たらなかった。昔は壁に新品の自転車から床には修理を待つ自転車が何台も表までずらりと並ばされていたのですが。この店は看板では「モーターサイクル」といいながら、あまりバイクを直している所を見たことがなかったので、こうして空の店の中にバイクだけぽつと残っていると「やはりバイク屋だったのか」という気がしました。右奥に土間の上がり口が見えますが、ここから先はおじさんとおばさんの家になっていて、自分はここへもぐりこんでいってかりんとうをもらい、そして母に鉄拳制裁されたのであります。

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 自分が3歳くらいの頃、自転車やはどこかからもらってきたシャム猫を飼っていました。猫は放し飼いで、当然事故に遭い、助かったが顎が曲がった。シャムはいつもその曲がった口からヨダレがビヨーンと出た先に綿ホコリをひっつけた、けっこう愛想の良い猫でした。その猫がある日突然子供を2匹生んで、口のせいかは分からないけれど、育たなかったのです。この路地裏でタイヤチューブの空き箱に並べられて仲良く寝ているだけの様な子猫を見て、当時の自分は「生き物は動かなくなることがある」と知りました。まだ、生の絶対的な帰結として死があると分かる前の事でした。

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 この古い汚れた鉄板一枚がかつて自分にとってどのくらい意味のあったものなのか、他者が感知する事は永久にありえないのでしょう。街とか都市とはたぶんそういう物の集合体なのだと思います。何もかも、それが見も知らない誰かにとってどんな意味を持つのか、想像する事は難しい場所。結果、誰かの心のふるさとだった場所や物が、何気なく今日もどこかで廃棄されたり、投棄されたり、鍵がかけられたり、取り壊されていく。

 人間の住む街は、家々が建てられては壊されてビルになったり、昨日までの商店街が知らないうちに公園になっていたりと、まさに人間のような新陳代謝をしていると思う。そういう有限な場所で生まれ育った人々にとってこの「原風景」の意味するところは大きいと、今日は思っていました。
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