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野外活動 鷲達の家
2013年12月16日
DSC01096.jpg

 2年前の秋口、カナダとの国境近くで撮った写真に、いなかの砂利道が写っていました。車一台通れるだけの小さな道でしたが、気に入って何度も遊びに行った場所でした。こんな細い道、もし自分が通っているときに、向こうからも車が来たら大変ですね。まわりの草地に入って道を譲り合うことも出来なかったのです。ここは、ハクトウワシがヒナを育てるために保護された野原でした。だから車のための道があるのに、事実上、車は走れないという変な道でした。

 ここに来て誰にも会いませんようにと願いながら、愛車にのってスリリングな砂利道クルーズを楽しんだこともあります。うまく通り抜けられた時は水筒の紅茶を飲んでひとり祝いました。しかし、いつだってむこうからほかの車が来ることに怯えていたわりに、ここで他の人に出会った事は、黒い一頭だての馬車に乗った、文明からの隠遁者にめぐりあったただ一度をのぞいてありませんでした。

 ハクトウワシ達の住む野原は、なんか不思議な癒しのパワーをもっていました。いちどあっちへ行ったら行ったきり後戻りもままならないような道に、月並みだけど人生をかさねちゃったりとか。遠くに居る鳥達の古代の神のような光る白髪を見て、そのような光景を一人じめしていることに変な満足感を味わったり。冷たい風にそよぎながらいつ来るともしれない蜂を待つ孤独な野の花に、心の中の孤独感を投影したり。そして日が暮れていく頃には、なにもかもが欠点を補いあい完璧に見えるこの原っぱの中で、自分のもつあらゆる欠点もまた、いずれ来る誰かや何かによって埋め合わされるかもしれないという希望を抱くことができました。そしてまた自分自身だって、この世にある誰かや、なにかの欠けた所を見つければ、それを埋め合わせるために一生懸命やらねばいけないという、予期される責務感に心臓が燃えているように感じたものでした。

※メノナイト教徒、またはアーミッシュ(厳密にはこの二つは異なる)。16~18世紀に北米に渉ったスイス・ドイツ系キリスト教徒。
 多くは電気、通信機器などテクノロジーの使用を禁じ、現代においても移民当時の農耕・牧畜を基本とする生活を営んでいる。移動は馬車。
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