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作品鑑賞 Ёжик в тумане
2010年09月17日



 「霧の中のハリネズミ」 ユーリー=ノルシュテイン(1975)

 ユーリーノルシュテインは濃霧の中で迷った経験があるか、濃霧の森を見て「迷ったら二度と戻れないだろう」と恐れた強い原体験があるのだと思う。この迷う感じと感覚を霧に吸い取られて、すくんでしまうような感覚が映像の上にすごく正確に再現してある。自然にあるもの(葉っぱ、木、夜の動物達等)すべて、はじめは一側面しか見えない。そのせいで木の肌はものすごく凝った造形の何かに見えたり、葉っぱもそれと分かるまではなんだか恐ろしい。魚らしき「だれか」は水の中に住んでいるから、主人公のヨージクには全体を見るすべがなく、結局最後までだれなのかわからずじまいだった。

 霧は私たち人間をささえる"感覚"の弱点を浮き彫りにする。視覚の弱点は、「見ること」を通してしか、像を脳に送り届けられないことだ。「見ること」は人間の五感の要でありながら、適正な明るさ、空気中でしか行われない。触覚の弱点は「さわること」を通してしか、感触を脳に送り届けられないことだ。「さわること」は自分と対象物が至近距離にいて、肉体的な接触がないと生じない。嗅覚の弱点、味覚の弱点、聴覚の弱点、平衡感覚の弱点…。自分達が自覚している現実は、感覚どうしが他の感覚を補い合い、洋服のようにつなぎ合わせたものを受理してるにすぎず、霧はそれらをばらばらにする。
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