スポンサーサイト
--年--月--日
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
日本の事 V - J Day
2011年08月15日
IMGP1733.jpg

ときどき、日々の暮らしのことがものすごく不思議なんだという感覚が沸いてくる。
日本で生まれ育った自分は今、祖国とアメリカを行き来したり、自由にヨーロッパに行って住んでみたりする、アメリカ国籍のパートナーや、ソビエト人である義理の家族に囲まれて暮らしているけれども、以前、日本に戦争があり、彼らは敵だったという事実。祖父はアメリカ軍と戦って、近くに爆弾が落ちて死にかけたと以前語ったし、曽祖父だったか、曽々祖父はソビエト軍と海で戦って無くなったと聞いている。そしてこれらは大昔の事ではなく、すべてここ100年くらいの間に起こっている。

日本における敗戦の記憶は世代を超えて現代に至るまで、日本人の中にどこか暗く後ろめたいような思いを残しているような気がしてならない。中国や他のアジア諸国との事。国旗、国歌斉唱問題、靖国神社参拝問題。これらどの問題に対してもはっきりとした態度を示せないでいる日本。アメリカの原子爆弾が広島や長崎を焼き払った終戦から66年、母国は震災を経て新たな核の災いの中にいる。なぜ日本は脱原発出来ないか?この問いはそのまま、基地問題、ひいては憲法9条の検証へと展開していく。

ニュースを見ていて、日本での終戦の日がアメリカでは「日本に勝利した日」または単に「勝利の日」と呼ばれていることを今日知った。アメリカという戦勝国の、かの戦争に対する姿勢が簡潔に現れているネーミングだと思った。今日の日記に張った写真は以前、ワシントンD.C.の航空博物館で撮ったものですが、これを見るとなんだかその気持ちが伝わってくるような気がする。博物館だから展示物を清潔に保つのは当然だが、このピカピカと銀色に光る飛行機は彼らのトロフィーなのかも知れない。これは彼らにとって、戦争という経済行為を通して発展させた科学の力で、世界大戦の終結と自国に勝利を導いた輝かしい思い出の品だ。
スポンサーサイト
  管理者にだけ公開する


© 2011 YURIKA K.K. All Rights Reserved

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。