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日本の事 海は誰のものか
2012年01月26日
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米国版グーグルの地図にアクセスしたときの模様。地点Aを指すピンが、ここが検索先の日本海である事を示していますが、「Sea Of Japan」の表記は見られない。今日の日記は歴史認識や日韓関係などに関することについてなので、このような話題に嫌悪感のある人はすみませんが飛ばして、他の記事をお楽しみください。
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 「海は誰のものか」と聞かれれば、誰のものでもない地球のものというのが本当のところだと思いますが、人間が地球上のいたるところに根を下ろして以来、海にも名前をつけて、そこの場所に責任を持っている国はどこなのかを明確にしなくてはいけなくなりました。
 
 前回のブログに書いた、自分が手紙を書くに至った「納得のいかない州法案」というののうちひとつがバージニア州の公立学校で使われる教科書に日本海という名称を載せるときは同時に必ず東海と併記することというものでした。東海というのはお隣の韓国での日本海の呼称で、歴史的・国際的にはあまり使用されてない名称です。この法案は今日否決されたのですが、ホッとしたのと同時に大勢の人が「何とか!」と主張すれば、実体はどうであれその「何とか」が実務上の真実として取り扱われるのだという現実を知った。

 あるコミュニティが一丸となって何かを主張していくという態度は在外日本人にはあまり見られない事についてなんでだろ~と、今日はぼんやりと考えていました。あまり国民性などで断じるのは賢くないと思うけれども、島国で先進国のスタンダードに照らすと成熟した文化を持っている日本人は根源的に自立しているというか、外国へ来て徒党を組んでまで自分達の存在をアピールしていくよりも自立した個としてありたがる傾向にあると思った。日本の文化的なスタイルが嫌い・会わないとして自ら選んで移住してくる人も結構いるのも関係しているかもしれない。ハワイや南米など歴史上日本人街が形成された場所もあるが、それは初めから計画的に目的を持った移民が起こった場所が殆どだ。国が豊かなので共同体に所属しなくても生きてゆける経済力があるのも大きいかもしれない。相手の文化に対して割り込んでいかずに馴染もうとしていくのは、相手の文化を尊重するからであり、それは裏返せば自分達の文化も尊重されて然るべきという意識、プライドや、或いは日本人なら誰でも「自分がされて嫌なことは、人にもしない。」ということを、子供の頃にかたく教わっているからだと思う。これらの要素の複合が、在外日本人の間に漂う奇妙な距離感の根源のように思える。

 バージニア州には少なくとも日本人の人口の約5倍の韓国人の方たち、及び韓国系アメリカ人が住んでいます。韓国料理はおいしいし、韓国の人は優しいし、移民が大勢いるおかげでアジアンスーパーは何でもそろう品揃えで、日本人がその恩恵に浴することも多いのですごく複雑な心境だ。でも街角でふと見かける韓国の人が経営しているおすし屋に竹島が自分達の領土だと主張する小さなステッカーが貼ってあったりする。日本で改良された甘いサツマイモもおいしいみかんも、韓国から来たものと偽られて売られていたりする。韓国人は日本人と姿さえ似てこそすれ、大陸の端に位置し大国に囲まれ、有史以来侵略の緊張感とともに生活を送ってきた全然違う国の国民なのですね。彼らの目的達成のやり方が日本人とは異なるのは自然な事なのかもしれない。

 とまあそのような事を色々と考えていました。自分はどこへも所属しない、ただ自分の国と文化の稜線を守りたいと思っている一人の日本人として、これに一体どうアプローチしていけるだろうか?この州法案が浮上して以来考えさせられている。
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